書庫入口
本を読み味わう、という言葉の意味を考えると、
自分には全く合っておらぬ、と思うのですが
ある意味ではその通りなのかも知れません。


わたくしの脳味噌の中の本を読むことを
好む部分は例えれば「ちくわ」のように
空洞を持つ柔らかな物体で,私にとって
本を読むと言うのはその柔らかな空洞の中を
小説の中の「だ」の濁点が空洞の内壁を
刺激して行ったり、「の」のはらい?のあたりが
柔らかにくすぐって行くとか
もう少し階層が上がってもある情景の破片が
流れていく程度の大抵はそんな感じを楽しむ事のようです。
車内から流れる風景を呆とただ見つめて居たりとか、
ただただ美味しいなと思いながら
食事をするような単純な事と似ている気もします。

幼い頃一人っ子で遊び相手の少なかった私は、
兎に角本を読んで読んで親に叱られる程本を濫読していました。
あまり難しい事は考えたくありません。
思い出したく無いモノの方が多いんです。
本を読んでいる間は
他の事を考えないで済む幸福。
酒に酔えない私は、本を読むことで
酔っ払って居るのです。

文を書く方や、本を愛している人には
こんな本の読み方を不愉快に感じる方も居るかとも思いますが、
私は私の方法で本を愛しており、
確実に本によって人格の大半が形成されているのです。
ちなみに「ある意味」の「ある」辺りには何の意味も無いようです。